アフレコで一番印象的なエピソード

――― アフレコと実写映画、そして舞台。それぞれの演技は似て非なるものだと思うのですが。

安藤 それはなかなか難しい質問なんですが、私は舞台中心にやってきた人間なんですよ。舞台の演技は、簡単に言うなら「同じことを何十回もやれるように気持ちを持っていかないと飽きちゃうし、できなくなっちゃう」という種類のものなんです。一方、映画とかアフレコは、瞬間的な集中力の勝負で。その点では全然違いますよね、気持ちの持っていき方が。どちらも面白いとは思いますが、自分的に合っているなと思うのは、映画とかアフレコの方ですね。そういう集中の持っていき方の方が好きなんです。

神山 『精霊』のアフレコは毎週金曜日でしたよね。

安藤 ほんとにアフレコが楽しみで、金曜日が早く来ないかなと思ってました。

神山 だから……最終回のアフレコの時は、もう入ってきた時から泣きそうな雰囲気でしたよね。ただならぬ雰囲気で、でもそういう時に監督にできることはない(笑)。

安藤 もうボロボロで。これでアフレコが終わると、全部終わってしまうって思って、いっそ「NG連発すれば終わらずに済むんじゃないか」とも思ったりして(苦笑)。

神山 まあ、そういう時は僕らは、大丈夫だと信じて任せるしかないんですよ、役者さんに。実際、全然問題なかったですし。

安藤 最終回は特別だと思うのはやめようってずっと考えていたんです。普段通りに演じようって。でもアフレコの前半はそうでもなかったのですが、後半になった時に本当にこれで終わるなと思ってきちゃって。でも、すぐに思わないように思わないようにってはしたのですけどね。

神山 アフレコで印象的だったのは第19話(「逃亡」、※4)ですね。バルサが、チャグムに「親に刃物を向けるとはどういう了見だ!」といってひっぱたくところです。あの部分は脚本を書いていても、自分に何かが憑依しているような気分で書いたところなんです。そもそもバルサはチャグムを預かっているだけで、親じゃないし、あのセリフはバルサのセリフの中でもかなり理不尽というか、とがっているセリフなんですよ。それを自然に言ってほしかったんです。そもそも日常生活で声を荒げるなんてことはそうそうないし、まししてチャグムというよくできた子が相手なわけで。でもそういう状況でも、自然に感情が爆発するようになっていかければならないし、それが自然に見えない、ということは、それまでのエピソードで積み上げてきた思いが、嘘だったということにもなってしまうわけで。

安藤 そうですね、第19話は私もすごく印象に残っています。あの回のバルサってすごく迷っているんですよ、いろんな事実が明らかになってチャグムを守り通すのがいかに困難なことかもわかって。だからため息もついているし。でもバルサは、チャグムに対して、うまいことを言ってまるめこもうなんて思ってもいないんです。一生懸命に真剣勝負をしている。だからチャグムから槍を向けられて、かなりショックだったと思うんです。チャグム自身もショックだったと思うし。バルサもチャグムも、ここでは全然駆け引きをしてないシーンなんですよ。そこがすごく難しかったけど、すごいシーンでした。

これなら大丈夫だと思えた



©上橋菜穂子/偕成社/「精霊の守り人」製作委員会

神山 バルサとしては、過不足なく接してきたという自負もありつつも、でも本当のお母さんじゃないことも分かっているわけで。どうしようと立ち向かっていたところへ持ってきてチャグムから、本当の親じゃないし、宮へ帰ると言われたら、腹も立ったろうしショックだったのだと思うんですよね。

安藤 そうなんですよね。私、この時、アフレコ前に“カンニング”しましたよね。メールで。

神山 そう。メールもらいましたね。

安藤 あの回は本当に私唯一迷った回だったんですよ。最初に台本を読んだ時には、まだバルサの気持ちのところまでたどりつけなくて。でも、それまでのバルサのように、なんでも分かっているような感じの演技をしては、だめだということはわかっていて。それで「教えてください」というわけじゃなく、いろいろ考えたことをメールして「答えは自分でちゃんと見つけるからヒントください」みたいな内容を監督に送って。

神山 第19話は、アフレコもものすごいテンションでしたね。僕もこれまでの中で、「これは1テイク目でそのままOKになるな」なんていう緊張感でのアフレコは初めてでした。僕や音響監督の若林(和弘)さんだけじゃなくて、ミキサーさんにしてもすごく緊張してフェーダーを上下させていたと思う。麻吹さんもものすごく入り込んでいるなと感じていたので、多少口パクとあっていなくても、こちらで絵をあわせるから、という話もしたし。

安藤 テストが終わったところで若林さんから「もう、お任せします」と言われたんですよ。「ああ、これはすごい言葉だな」と思いました。なんて幸せな現場なのかしらと思いつつ。でも、ほかの役者さんとかスタッフの皆さんがそんなにピリピリしていたのは知らなかったです。

神山 入り込んでいたから。

安藤 そう。チャグムの安達(直人)くんのことだけ見ていたという感じでしたから。

神山 シリーズ構成の中で、一度バルサとチャグムの関係を壊そうとは思っていたんです。その上で、もう1回戻って来られるような関係を二人が築いてなければこの物語の厚みが出ないと思っていたので。だから事前に旅の道すがら、チャグムが兄の死を告げられるというかなり無茶なシチュエーションをつくったわけで。もしこの場面に説得力がなかったら、チャグムとバルサの関係もおじゃんだし、「神山が下手を打ったな」って言われるところなんです。非常にアクロバッティックな展開なんですよ。でもやはりそれがあるからこそ、チャグムとバルサの太い絆が結ばれるはずだと。だからここはもう、お客さんがどう受けとってくれたかがすべてで、僕自身もよくわからないところではあるんです。

安藤 でも、本番が終わって、若林さんがトークバックでブースの中のキャストにいろいろ伝えていたんですが、そのうしろで鼻をすする音が聞こえてきたんですよ。その時は、次もあったんであまり気にしなかったんですが、今思えば、あれは監督だったんですね。

神山 聞こえてましたか……。本当にジーンときたんですよ。お客さんの判断次第とは言いましたけど、やはり演じてもらう瞬間って、自分たちが作ってきたものが客観視できる瞬間なんですよ。それで演じているのを聞いて、自分でも泣いてしまったし、これなら大丈夫なんじゃないかと思えたんです。

安藤 そうだったんですね。この場面、またDVDで見たら、私より安達くんの方が数段いいんですよ。びっくりした。

神山 いや、ホント。彼は彼で自然体のナチュラル・アクターですよね。

安藤 あれをやられちゃあ、こっちもちょっともうたまりません、というぐらい安達くんのチャグムがよくて……。

神山 しかも、彼は意外に緊張してなかったりするしね。緊張しているのだろうけど、あまりそういうのが演技に出ないというかね。だから運が良かったと思いますね。この麻吹さんと安達くんという二人の役者さんに出会えたというのは。

監督は自分でなにもできない存在だから

――― 『精霊』と『女立喰師』、二つの作品を改めて振り返ってみていかがでしたか。

神山 『女立喰師』のほうは、今は反省点のほうが目につく時期なんですよ(苦笑)。次の機会があればリターンマッチをしたいですが。『精霊』のほうは『精霊』のほうで難しくって。……あるスポーツライターの方が書いていたんですけれど、野球にせよサッカーにせよ、監督がプレイヤーの中に自分の代理人を見つけることができた時、そのチームは強くなる、という話が書いてあったんです。アニメの監督もそれと同じなんですよ。監督っていうのは、自分ではほとんどなにもできない存在で、絵を描くにしても人にやってもらわないといけない。そういう環境にある中で、自分の代理人をキャラクターに探すとすれば、やっぱりバルサだったんです。ジグロも思い入れがあるキャラクターなんだけれど、登場回数が少ない。そのジグロの精神を受け継いだバルサに僕はかなり思いをかけていて、キャラクターをかなり憑依させて制作していたんです。だから僕としては、終わるのがちょっと怖いシリーズではあったんです。かならず反動がくるから。『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズの時も、それがあったんで今回は用心していたんだけれど、……やっぱりありましたね。それぐらい思い入れを持っていた作品なんで……振り返るといっても、実はまだ冷静に語るのが難しいんです。

安藤 そうですか。最初にかかわったのは『精霊』の方でしたが、『精霊』はもうたぶんこれまでの私の人生の中で一番の作品だと思います。死ぬまで忘れないし、死んでも忘れないだろうなという感じがあって。それに参加できたことも幸せだった。これがバルサのキャラクターだったりビジュアルが少しでも違っていたら私がやることはなかっただろうし、安達くんがいなくても私じゃなかっただろうし、いろいろな縁が重なって演じることができた役なんです。そんな偶然の折り重なった一番の大元に、神山監督がいて、神山監督に出会えたことが私の役者人生にとって大変大きなことでした。私がもっと若かったりとか、もっとおばさんになっていて会っていても違っていたでしょうし。だから今回の出会いは、きっと会うべくして会ったのだと思っています。これからも監督に恥じないように頑張っていい女優、声優をやっていきたいなって思います。必ずいつか恩返しします、なんらかのかたちで(笑)。

神山 いや、こっちも、いつか恩返しをしたいと思っていますよ(笑)。

【2008年4月28日/ジェネオン エンタテインメントにて】

神山健治(かみやま・けんじ)

1966年、埼玉県生まれ。埼玉県立秩父農工高等学校食品化学科卒業後、スタジオ風雅を経てフリー。背景並びに美術監督として活躍し、『AKIRA』(88)や『魔女の宅急便』(89)に参加。94年からゲーム業界に転身してムービー演出を手がけ、それがきっかけで沖浦啓之第一回監督作品『人狼 JIN-ROH』(00)の演出という大役を担う。96年にプロダクションI.Gで押井守が主宰する「押井塾」にも参加し、『BLOOD THE LAST VAMPAIRE』(00)の脚本、『ミニパト』(02)の初監督を務める。その後、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』シリーズ(02-06)を監督。DVDセールスでミリオンを記録する。07年は『精霊の守り人』のほか、初の実写映画『真・女立喰師列伝/Dandelion 学食のマブ』を監督し、高い評価を得た。

安藤麻吹(あんどう・まぶき)

1969年、福岡県生まれ。俳優座研究所に3期生として所属後、91年に劇団俳優座に入団。三木のり平演出の「さりとはつらいね」をはじめとして、数々の舞台を踏む。『ダ・ヴィンチ・コード』(オドレイ・トトゥ)、『Mr. & Mrs.スミス』(アンジェリーナ・ジョリー)、『007/ダイ・アナザー・デイ』(ハル・ベリー)、『キング・コング』(ナオミ・ワッツ)など、おもに外国映画や海外ドラマの吹き替えで活躍する。アニメでは『精霊の守り人』のヒロイン・バルサ役に抜擢され、注目を集めた。

▼安藤麻吹公式サイト「MABBY'S EYE」
http://www.mabuki.jp/

※4 第19話「逃亡」

チャグムは自分が、異世界「ナユグ」より襲い来る“卵食い”ラルンガに命を狙われてくることを知る。そのことを教えてくれなかったバルサに対する不信感と、自分の運命への恐怖。チャグムはそれまで自分を守ってくれたバルサのもとを離れ、宮へと戻ろうと決意する。それを追ったバルサは、チャグムに対して「宮へ帰るなら自分を槍で刺せ」と短槍を投げ渡す……。

【DVD】精霊の守り人 第10巻

GNBA-1270/\6,090(税込)/ジェネオン エンタテインメント
2008.03.21発売
第1〜12巻(全13巻)/各\6,090(税込)
好評発売中

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