![]() ロボットを通じて人間の本質を知る――― 短篇の企画についてうがかう前に、まず瀬名さんが、どうしてロボットに興味を持たれたのか、そこから教えていただけますか。 瀬名 ご存じかもしれませんが、僕の専門はもともと薬学なんです。分子生物学とか細胞生物学の分野が専門で、そこでミトコンドリアの研究もやっていました。ところが文藝春秋の編集さんから、ロボットの取材の依頼があったんです。それは「ロボットが非常に発展しつつあるけれど、そこにはいつか人間を超えるかもしれない恐怖もあるのではないか。そのあたりを研究者にルポしてまとめてほしい」という内容でした。正直、最初はピンとこなかったですし、「僕は薬学部ですが?」と言ったら先方は「いやいや、同じ理系だから構わないでしょう」と(笑)。ただ多少は興味があったので、とりあえず俯瞰的な話をしてくださる方に会って話を聞きましょう、となりました。そうやって取材を始めたんですが、人づてに話を聞いていくうちに、ロボットの研究というのは歯車とモーターの世界だけじゃないぞ、というのがわかってきて、人間がどうやって社会活動をしているのかとか、どうやってコミュニケーションしているのかとか、人間の本質をロボットを研究することで知りたいというタイプの研究者がたくさんいるというのを初めて知ったんです。そういう先生方の話はすごく僕には面白くて、あ、これなら一緒に話ができるし、こういう観点からだったらルポが書けるなと思って。 ――― それがノンフィクションの『ロボット21世紀』(※1)に結実するわけですね。 瀬名 そうです。そこでは、ロボットがいつか人間を超えるかとかそういうテーマではなく、機械と人間の境界というのはどこにあるのか、機械と人間が付き合うってどういうことなのかとか、ということをテーマにしています。それなら僕でも書けるかなと思ったので。取材したのが1999年から2000年にかけてで、HONDAのP2は発表されていてもP3はまだ出ていない、ソニーのAIBOもプロトタイプしかないころでした。
――― その後、ロボットをテーマにした小説も手がけられています。 瀬名 『ロボット21世紀』の取材の後も、いろいろな研究会にお誘いをいただくようになって、そこから考えたことなどがベースになって『ハル』(※2)、『デカルトの密室』(※3)、『第九の日 The Tragedy of Joy』(※4)といった小説を書くことになりました。中でも、認知発達ロボティックスという、つまりロボットを通して人間の本質を知るいう研究が90年代後半から台頭してきていて、そういう研究者の人たちと会えたことが『デカルトの密室』をはじめとする〈ケンイチくん〉シリーズにつながっていますね。 ロボットを通じて人間の本質を知る――― そういう経緯を知ると、今回の短篇企画も非常に納得がいきます。今回の企画は、2007年に横浜で開催された第65回世界SF大会/第46回日本SF大会で行われたシンポジウム「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!」(※7)がきっかけだったそうですね。 瀬名 そうです。このシンポジウムは大づかみにいうと、ロボットの研究者や情報学などを専門とする研究者たちが語る科学の最先端を報告し、日米のSF小説家と意見交換をする、という趣旨のものでした。研究者は僕がこれまで取材する中で知り合った方たちで、日本でも――ある点ではマッドサイエンティストと呼んでも差し支えないぐらい(笑)――最先端の科学的ビジョンを持っている研究者たちです。 ――― やはりそこでのテーマは「ロボットと人間」だったのですか? 瀬名 詳細は8月に発刊する今回のシンポジウムがまとめられた書籍(※8)に譲りますが、シンポジウムでテーマとしたのは、まずロボット学の話題を中心とした「ヒトと機械の未来」、そしてその延長線上にある「ヒトの言語と意識の進化、そして情報社会」というものです。
――― これから発表される短篇(※9)も、そのテーマに沿ったものになるわけですね。 瀬名 そうです。研究者のビジョンが示すさまざまな人間観、未来観、社会観は非常に刺激的です。それ対して、作家のサイドがイマジネーションや洞察力を駆使してどう実作で応えるのか。今回の短篇が発表されて、シンポジウム本来の趣旨である科学者と小説家の応答が完了するわけで、そういう意味ではシンポジウムが第一ラウンドなら、今度の短篇小説掲載は第二ラウンドにあたります。 ――― 「科学技術が発達しSF小説に追いついたため、SF小説が活力を失った」という意見を聞くこともありますが、今回の企画はそれとは正反対の考えに基づいているように思います。 瀬名 ここで、また新しい地平線が見えれば、シンポジウムをやった意味があるんじゃないでしょうか。今回の企画では作家がどう新しい地平を創出しようとしたか、そこを読んでほしいですし、研究者のみなさんもそこをすごく期待していると思います。きっと皆さんエンターテインメントというよりも、先鋭的な小説を書いてくると思います。そういう意味では、読者にとってハードルが高いのかもしれないけれど、かなりマジなものであるのは間違いないので、読む方もガツンと読んでいただけるとうれしいのですが。 ――― すると今回の企画は先端科学が切りひらく可能性に触れるだけでなく、思考実験によって未来の在り方を考える、というフィクションの力もまた実感できるものになるのではないでしょうか。 瀬名 そうですね。もちろんこれには、同時に難しい側面もあるんですよ。今は、未来を考える時に、どれぐらいの広さで考えるのか、世代や年代によって異なってきている時代かもしれませんから。 瀬名秀明(せな・ひであき)1968年、静岡県生まれ、仙台市在住。東北大学大学院薬学研究科在学中に『パラサイト・イヴ』(1995年)で第2回日本ホラー小説大賞受賞し作家デビュー。『BRAIN VALLEY』(1997年)では第19回日本SF大賞受賞。『八月の博物館』(2000年)、『デカルトの密室』(2005年)など著作は多数。最新作は、TOKYO FMとコラボレートしたラブストーリー『Every Breath』(2008年)。2006年より東北大学機械系特任教授として、ロボットなどに関する研究、ノンフィクションを発表している。 ▼公式サイト「瀬名秀明の博物館」 ※1 ロボット21世紀2001年、文春新書。ロボット、ロボット研究者たちの今と未来を、瀬名氏がレポートするノンフィクション。 ※2 ハル2002年『あしたのロボット』の改題。文春文庫。ロボットをテーマにした5篇の中篇が収録されている。 ※3 デカルトの密室2005年、新潮文庫。人間と機械の境界に迫るミステリー。 ※4 第九の日 The Tragedy of Joy2006年、光文社。4つの短篇が収められ、ロボットと共存する世界が描かれている。エラリー・クイーンやE・A・ポオ、H・G・ウェルズなどへの言及やオマージュがある。 ※5 山本弘1956年生まれ。作家。『アイの物語』(2006年、角川書店)でロボットを扱っている。 ※6 菅浩江1963年生まれ。作家。『プリズムの瞳』(2007年、東京創元社)など。また、瀬名氏編著のロボットフィクションアンソロジー『ロボット・オペラ』(2004年、光文社)に『KAIGOの夜』が収録されている。 ※7 サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!第一線で活躍する日本の科学者と、数々の作品で科学界にも影響を与え続けてきた著名SF作家が、サイエンスとサイエンスフィクションの未来について語るシンポジウム。第一部では日本が世界に誇るロボット学の話題を中心にヒトと機械の未来を語り、第二部ではヒトの言語と意識の進化、そして情報社会のヴィジョンについてディスカッションが繰り広げられた。2007年9月1日開催。参加者は以下の通り。 ※8 今回のシンポジウムがまとめられた書籍2008年8月にNTT出版より刊行予定。 ※9 これから発表される短篇執筆陣は、飛 浩隆氏、円城 塔氏、瀬名秀明氏、堀 晃氏、山田正紀氏。小松左京氏はエッセイを書き下ろす。(掲載順) |
