生き物としての河童



©2007 木暮正夫/『河童のクゥと夏休み』製作委員会

――― 『クゥ』で印象的だったのは、河童もふつうの生き物として描かれていたところです。

 そこは最初からそういうふうにしようと思ってたんですよ。不思議な力もないわけじゃないけれど、基本的に生き物なんだっていう。切れば血も出るし、何かを食って、排泄をして、寝るという。

――― だからテレビ出演する時におちんちんをどうするか、という話が出てくるのが効果的と思いました。

 そうです。だから生き物であるっていうのを敢えてはっきり出すために、おちんちんも描いてもらったんですよ。普通、河童について考える時に、股間がどうなってるかとまでは考えないと思うんですよ。でもこの作品は、そこを考えたほうがいいだろうと。

――― そういうアプローチだったこともあって、クゥを見ていると、ネイティブ・アメリカンのイシ(※4)を思い出したのですが。

 それはそうですよ。イシについては、だいぶ参考にしてますから。イシについては、大人向けの『イシ―北米最後の野生インディアン』も、子供向けの『イシ―二つの世界に生きたインディアンの物語』(岩波書店)も読みました。読みながら、「このセリフを『クゥ』で生かせないかな」って思って、実際にアレンジして使っているものもありますね。ネイティブ・アメリカンの世界とかには以前からちょっと興味はあったんです。でも興味を覚え始めた頃は既に『クゥ』の原作をアニメ化したいと考えていたんで、関係する本を読みながらいちいち「この感じ、『クゥ』に生かせるよな」って思っていたんですよ。そんな中で、イシについて書かれた本の存在を知ったんで「これはまさに『クゥ』だ。是非読まなくちゃ」と思って手に取ったんですよ。

――― 素朴な質問ですが、河童をもっと妖怪寄りというか、精霊の仲間みたいな方法で映像化するつもりはなかったんですか?

 たぶん、そこに僕があんまり興味がなかったからだと思います。もっとなんか生身の生き物の話にしたかったんでしょう。そもそも原作のおもしろさは、かつては人間とそれなりに対等だった河童が、何百年かを飛び越してしまったら、仲間の河童がまったくいなくて、人間だけがのさばっているという、そのギャップを描いているところにものすごく惹かれたんですよ。

『クゥ』と『トトロ』

――― 『クゥ』を見て思ったのは、『となりのトトロ』と『 総天然色漫画映画 平成狸合戦ぽんぽこ』の間ぐらいの立ち位置かな、ということなんです。『ぽんぽこ』は人間と実在の動物・狸との関係を描いているけれど、一種の歴史物のような俯瞰の視点で描いている。『トトロ』は、不思議な存在トトロが隣人としている生活を描いているけれど、トトロはあくまでも精霊みたいなもの。『クゥ』は、俯瞰ではない等身大の目線で、河童との日常生活を追っている。

 なるほどね。あのね『トトロ』を見た時は、本当にぼくはショックだったんですよ。

――― ヤバイっていう感じですか。

 ヤバイ、なんでよりによって宮崎(駿)さんみたいな大物が日本を描き始めたんだ、と思ってね。宮崎さんはそれまでずっと外国を舞台にしたり、ファンタジー・SFっぽかったりしていましたから。多分それで変わった部分もあると思うんですよ。同じようなものは駄目だろうと思って。

――― ということは、その時既に日本の風景をちゃんと描こうと考えていたんですか。

 思ってましたね。そういうものは全然作られていませんでしたから、これはいいぞ、と。でも『トトロ』を見てガッカリ(笑)。しかも面白いし、あの観客と画面の一体感とかね(苦笑)。もう面白さと悔しさで、身もだえしてましたよ。

――― 『トトロ』は公開が88年なんですよ。

 ああ、じゃあ本当に原作と出会ってすぐのことですね。本当にまだどんなふうにしたらいいんだろうって、漠然と考えていた時期のことですね。日本をリアルに描くみたいなのはやってる人あんまりいないなと思ったんで、「よし、じゃあ、おれがやろう」と思っていたところで、いきなり出合ったからね、『トトロ』に。

――― 完成した『クゥ』でも、そのリアルな日本の風景というのはしっかり踏襲されていますね。

 やっぱり『トトロ』があるから、じゃあそっちじゃない方向といえばどっちだ、っていう影響は大きいと思います。向こうが、昭和30年代なら俺はもっと普通の場所でやろうと。東久留米なんて、本当にドラマとかでも撮影場所になったりしていない場所らしいんですけど。特別な場所じゃないところで、特別なお話を作りたいって思っていたんです。

――― 建て売り住宅なんかリアリティありましたね。

 映画完成に合わせて、東久留米の人が『クゥ』に登場した場所を巡るウォークラリーを企画してくれたんですね。その時に市役所の人が、「主人公の家のモデルは××さんの家だから、騒ぎにならないようにコースからちゃんと外さないと」って言っているんですよ。康一の家は、取材写真なんかを組み合わせた架空の家なのに(笑)。まあ、それぐらい地元の人から見ても馴染んでいたんだと思います。

長くてなににも似てない映画

――― 映画が長くなったのは、日常的なところを舞台にして、日常性みたいなものを積極的に描き出そうとしたからでしょうか。

 まあ、総尺はもっと長くかったんですよ、本当はね。

――― 正確なところはわかりませんが、日本で作られた長編アニメの中では一番長いんじゃないか、という話も出たんですよ。

 いや、誰かに『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(151分)だって言われて。まあ、絵コンテの段階では3時間あったんで、それよりは長かったわけですけれど。そういう意味では、一つのお話の絵コンテとしては最長になるのかもしれないですね。

――― それぐらい長いものになるという予感は最初からあったんですか?

 絵コンテ描き始めてちょっとしたぐらいかな、自分でも嫌な予感がして、もうヤバイと思って。まだ序盤なのに、こんなに尺を使っている、って。だから最初は冗談で茂木とかに言ってたんですよ。「3時間ぐらい行っちゃうかもね」って。でも、その時はまだ、いくら長くても3時間はいかないだろうとは本気では思っていなかった(笑)。むしろ、ちょっと脅しておくか、ぐらいの感じで。そうしたら、最後のほうにいくに従って、本当に3時間いっちゃうよって。

――― でも、それはしょうがないですよね。

 まあ、しょうがない。僕もね、だからといって巻きで、あれとあれをやめて手早く収めようという気持ちじゃなかったから。とにかく自分で納得するだけのものを描こうと思ってたんで。それで絵コンテ描き終わったら、総尺がほぼ3時間ぴったりぐらいだった。自分でも本当にびっくりしましたね。本当に3時間になっちゃったって。でも、僕も3時間のものを本当に作れるとは思っていなかったから、自分でまず10分ぐらい絵コンテの段階で欠番を出して。それを決定のコンテにしたんです。だからそれに従って制作したから一番長いラッシュが2時間50分あったんです。

――― そこから公開版までは長い道のりがあったそうですが。

 だから、公開にあたって長すぎるってことで、1回切ったんですよ。それで「どうでしょう」って見せたら、「まだまだ切れるよね」みたいな反応で。僕としては最初に1回切っただけで、かなり痛手で、もう傷が骨まで届いてる、みたいな感じだったんですよ。でも、まだまだ納得が得られなくて。それで2回目に切ったのが、DVDのコレクターボックスに入っている2時間21分のヴァージョンですね。06年末にそれを完成させて、もう僕はそこが限界だったんですが、それでもしばらく答えがでなくて、07年4月になって、また「とにかく切らないとだめなんだ」みたいな話をされて。向こうはもう10分切ってほしかったみたいなんだけれど、僕としてはもう切るところがないっていう気分だったんで、なんとか3分だけ切って。それで、まあしょうがないけど、ってことで落ち着いたと思うんですが。だから2006年末から4月の最後のカッティングぐらいまでは、かなり鬱っぽくなってしまいましたね。やることはないし、でも『クゥ』についての答えも出てこない。答えがでてないってことは、関係者がみんな納得していないんだろうなって。歩いていると知らないうちに、本当に下向いてうつむいて歩いているんですよ。「あれ、なんでおれ靴ばっかり見て歩いてるんだろう」ってね。で4月に切って作業は本当に終わったんですけど、正直全然すっきりはしなかった。その時は「ああ、俺は敗北したんだ」「この20年間の夢の結果がこれなのか」って。

――― 長さが相当なネックになったんですね。

 僕は、昔の休憩が入るような長い映画とか好きだったから、おもしろければOKだと思っていたんです。それに別に長い映画を作ることを目指していたわけではないし。『クゥ』については、どれぐらいの長さになるかわからないけれど、自分の作りたいものをちゃんと形にしようと思っていたんです。

――― あの日常の時間の流れを描く結果として、長い映画になった、と。

 そうです。でも、興行する側からすればとんでもない話で。今は僕も、理解できるんですけどね。でも当時は「2時間を超えているだけで、お客さんは映画を見るのを止めるんだ」という話を聞かされたりしても、傷つくような心境でしたから。

――― 今もそのもやもやは残っていますか?

 いや、だいぶ癒されはしました。いくら僕が鬱っぽくなろうと、お客さんに見てもらえる状態にならなければどうしようもないわけで。それで見た人の反応がだんだん聞こえてくるようになって、だんだん気持ちが落ち着いていきましたね。かなり安心しました。

――― 日常を丁寧に描くということを作品の基調にしようと最初から考えていたんですか?

 基本はあまりプランがないんですよ。真っ白なところになにかを描いていくような感じなんで。今度はどういうふうにしようかって、考えないようにしていんじゃなくて、あまり考える能力がないから(笑)。行き当たりばったりなんですよ、乱暴に言えば。でも『河童』に関しては、これまでアニメで見過されていたような日常を丁寧に描くっていうことをあきらめずにやろうとは思っていました。でも、そういう場面ほど、編集の時は真っ先に切らざるを得ないんですよね。僕としては、アニメにはこういうものが足りないんじゃないか? っていう思いはあるんだけれど。

――― 先ほど木下恵介監督のお話を伺いましたが、そういう日常性はむしろ木下組出身でもある脚本家、山田太一(※5)などにも通じるものがあるように思いますが。

 僕は、山田太一さんのドラマは大好きなんですけれど、やっぱり木下組出身だから、そういうところでおもしろいんだって、だいぶ前に気づいたことがあります。確かに『クゥ』では山田太一のドラマみたいなやりとりを見せたいと思ってました。山田さんがとても巧いのは、関節のはずし方なんですよ。ものすごくシリアスな場面なのに、なんかバカな出来事がそこで起こったりして。そういうところにずっと感心していたので、わりとその線を狙いたいって気持ちもありましたね、確かに。

――― 完成した『クゥ』を振り返って見ていかがですか。

 そうそう、実はね、ぼくが初めて『しんちゃん』の映画を監督することになった時に、一番最初に出したアイデアが、河童がしんちゃんの家にやってくるというものだったんですよ。要は『クゥ』の原作の要素を、野原一家でやってしまおうと。臼井(儀人)さんの原作に、小暮(正夫)さんの世界を重ね合わせるのは、いろんな意味で不可能だろうとは思ったんですが、やっぱり『クゥ』を作りたかったんですね。もちろんこのアイデアは通らず『暗黒タマタマ』(※6)になったわけですが。でも、今思うと、その時作らなくて良かったな、と思いますね。『オトナ帝国』『戦国』(※7)を経過したからこそ今のような作品が作れたというところはあるので。

――― 長さも含めて、とんでもない作品を作ってしまった、という感覚はありましたか?

 とんでもない、というわけではないですが……。自分ででき上がったものを考えた時に「あ、これは何にも似てないなって」思ったんです。それで「じゃあいいや、よしっ」て。そういう作品になればいいと思っていましたから。

そして、アニメの可能性

――― 素朴な質問ですが、原さんはアニメに可能性を感じているんでしょうか。

 アニメ業界には、もう可能性は感じていないんですけどね。

――― では、アニメという表現には?

 うーん、そんなには感じていないかな。結局、アニメって一人では作れないし、僕が行きたい方向に興味を持ってくれる人が、そんなにたくさんはいるとはとても思えないので。もちろんそんなに夢も希望もないとも思ってはいませんよ。『クゥ』の時も、嫌がらせみたいに面倒な日常芝居が多いから、アニメーターを集めるのが大変だなと思ったんですよ。でも意外と若いアニメーターがそういう日常描写をやりたいって言ってくれて、根気のいるカットを丁寧に描いてくれて。とてもうれしかったですね。そして、それはいかにそういう部分を描いている作品がいかにないのか、ということに改めて気づかされました。機会があれば描きたい人もいるんですよ。そういう意味では、気をつけたいと思っているのは「絵に溺れない」ってことです。

――― 「絵に溺れない」ですか。

 絵ばっかりに興味が行っていて人間にまったく興味がない作品ってありますよね。ああいうものは作りたくない。絵がきれいだったら、それでいいのか、という思いがあります。先ほどの日常芝居にしても、ずっとそれだけだと現場のノリが悪くなるかな、なんて心配になったりすると、つい現場にサービスしちゃうんですね。アニメーターがいかにも腕を振るえるような派手なシーンを用意して、現場のテンションを上げたりして。監督ってそういうことも考えるんですよ。でも、そういうことが決して作品のおもしろさにはつながらないだろう、と思うんです。現場をおもしろがらせなくてはならない、というのも最初にいった“病気”に通じるものなんではないかと。もちろん絵に溺れるようにしなくては作れない部分もあります。でも、それだけでは気持ち悪い作品になってしまう恐れがある。だからそこは、熱いものと冷たいものを常に両方持っている状態でないといけないんじゃないか。自分もできているとは思わないけれど、それを忘れないようにしたいな、と。

――― すると今後の作品は『クゥ』のスタイルの延長線上にある作品になるのでしょうか。

 そうかもしれませんね。とりあえず、非日常だけを描くものはやりたくないです。SF色、ファンタジー色があることは否定をしないけれど、基本的に立っている場所はあくまで日常である、という作品を作っていてからいいなとは思っています。

【2008年6月6日/バンダイビジュアルにて】

原恵一(はら・けいいち)

1959年生まれ。1982年、シンエイ動画に入社し、TVシリーズの各話演出を経て、『エスパー魔美』(1987)で監督に。同作の劇場版『エスパー魔美 星空のダンシングドール』(1988)が初劇場監督作品となる。1992年の放送開始から『クレヨンしんちゃん』に関わり、1996年より監督。1997年から2002年まで6本の劇場版『クレヨンしんちゃん』を監督する。現在はフリー。

※4 イシ

アメリカ・カリフォルニア州に先住していたヤナ族インディアンのうち、ヤヒ族の最後の人物。「イシ」はヤヒ語で「人」を意味し、彼の本名は知られていない。保護されたイシはカリフォルニア大学サンフランシスコ校に迎えられ、人類学者アルフレッド・L・クローバーらに協力。ヤヒ族の文化などを伝えたが、1916年に結核で死亡した。アルフレッド・L・クローバーの妻、シオドーラ・クローバーは、イシとは面識がなかったが、夫の記録をもとにイシの伝記を著した。それを翻訳したものが『イシ-北米最後の野生インディアン-』(岩波書店)『イシ-二つの世界に生きたインディアンの物語-』の2冊である。

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※5 山田太一

脚本家。1934年生まれ。松竹で木下恵介監督に師事した後、1965年よりフリーに。市井の人の日常を丹念に描きつつ、人と社会がぶつかり合う瞬間を捉える作品が多い。主な作品に『男たちの旅路』『岸辺のアルバム』『早春スケッチブック』『ふぞろいの林檎たち』『シャツの店』など。

※6 暗黒タマタマ

『クレヨンしんちゃん』の映画シリーズ第5作、『クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』。1997年4月公開。原監督が初めて手がけた劇場版『クレヨンしんちゃん』になる。魔神ジャークの復活の鍵を握るタマを巡る戦いに、野原一家が巻き込まれる。『七人の侍』へのオマージュや、ミュージカル・シーンなどを織り込んだ娯楽作。

 

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※7 戦国

『クレヨンしんちゃん』の映画シリーズ第10作、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』。2002年4月公開。戦国時代にタイムスリップしたしんのすけと侍・又兵衛の友情を描く。戦国時代の戦の丁寧な描写と『クレヨンしんちゃん』シリーズとしては異色ともいえるシリアスなドラマ性が、高い評価を得た。この作品を最後に原監督は劇場版『クレヨンしんちゃん』の監督を水島努監督に譲ることになる。

 

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