リッチな情報コントロール手段を求めて

――― 押井監督には『イノセンス』(04)、『立喰師列伝』(06)のときにも「デジタル映像」という特別の切り口で取材をさせていただきました。今回、『スカイ・クロラ』をふまえて、ゲーム『メタルギアソリッド4』(※1)のプレスシートに寄せられた発言(※2)を読ませていただいたわけです。あれを素直に読むと「次回作は、ついに3Dキャラクターアニメーションで行く」という意味に取れますから、まさに衝撃でした。さらに急遽決まった『攻殻2.0』の映像を拝見したら、明らかな異物としての3Dキャラがすでに入っていて、これが決定打でした。
『スカイ・クロラ』の場合にしても、作画の2Dの世界と3Dの世界を、地面と空とで完全に分離してますよね。ある種ずっと混合させて使いこなしてきたはずなのに、ここに来てこの2本で完全分離が始まって、その上で「次は2Dではなく3Dキャラだ」と聞いて、「いったい何があったんだろう?」と率直に疑問を抱いたわけです。今回は、その辺の話題に絞りこんでお話をうかがえればと思ってます。

押井 まず、僕は既存のアニメーターと訣別するなんて思ってないからさ(笑)。そこはお手柔らかにお願いしますよ。
今でもね……3Dと2Dをなじませてアニメーションを作っていく方法論は、一番リッチだと思ってるの。映像に必要な情報っていうのは、一元的に情報量を上げること自体では、すぐに限界がくるわけだよね。異質な情報を乗せるという工夫を加えて、逆に「情報の階梯」のようなものを作り出すことが、映画にとって必要ことなの。実際の情報と同時に異質な情報自体を組み合わせるってことを意識する。その操作自体が、ある種の高次の情報になり得るわけですよね。それは変わってないよ。
ただね……。おそらくアニメーションの演出的なピークみたいなものは、まだ色々あり得るかもしれないけど、作画上のピークは僕が予感したとおり、『イノセンス』が最後だったんだろうな。つまりひとことで言えば、もうアニメーターがいないの(笑)。必要とされる頭数の半分も集まらなかったんですよ。

――― 人手の問題ですか(笑)。台所事情とは意外でした。それは『スカイ・クロラ』を作ったときに分かったんですか?

押井 誤解しないで欲しいんだけど、今回もやってくれたアニメーターたちは非常に尊重すべき仕事をしてくれてます。そして僕の仕事含めて、他のどの監督と組もうが、優れた作画の仕事をし続けてるからね。それ自体は尊重する。ただ、それと映画の評価はまた別なんであってさ。だから、個々のアニメーターの力量を問題にしているんじゃないの。業界トータルを見渡したときの、一種の作画力のこと。

――― つまり、馬力とか全体の潜在能力含めての問題ですか?

押井 うん。それをリードしてきたトップの何十人か……おそらく30人ぐらいだろうと思うんだけど、そのアニメーターたちがね、みんなもう40歳を越えて50に差し掛かかろうかとしてるわけだ。今回、かつて若手であった西尾鉄也も40越えてるしさ。

――― CGの方に改めて新しい利点が見えたということではないんですね。

押井 だから別にね、CG自体がいいとか悪いとか思っているわけではないんだよ。3Dと2Dをなじませて、非常に一元化されない情報量を互いの補強剤に持ち込もうとしてきたわけだけど、単にもう限界だってこと。
デジタル編集が導入された頃から言ってるようにね、デジタルっていうのはあくまでも「テーブル」なんだよ。実写でも手書きでもCGでも、いわゆるCGIと呼ばれているものでも、全部同じように扱いきれる、画期的なテーブルなんだってこと。あとはそのテーブル上の材料をうまくどう調理して見せるか、その包丁さばきひとつなんですよ。

――― その包丁さばきが、先ほどの一元的な情報量への介入であって、その点では変わってないっていうことですね。

押井 それは原理的に言って、変わりようがないからね。さっきも言ったように、ある一元化された情報量を操作するという点では、演出の幅ってしょせんは変えようがないですよ。だから、CGによる新しい情報が欲しいというよりは、いわゆる演出家の望むような、コントローラブルな情報にあふれた非常にリッチな映像が欲しいわけ。

演出力を兼ね備えたアニメータ−、その払底

押井 という意味ではさ……ハリウッドが作ってる意味でのデジタル映像技術の進歩とは、この話はまるで違うわけだよね。

―― 確かにアメリカのCG映画は「体の表面に毛を生やす」とか「ツヤを出す」とか、そういう表層的な情報を増やすリッチさに行ってしまったわけですが……。

押井 うん。そういうディテールを増やすこととは、ちょっと違う。ある場合には、情報を劣化させることで、いわゆる非常にリッチな選択肢ってのが生まれるわけだよね。作りこんだんだけど、あえて見せないとかね。スペースを設けるとか、減らすことでしか獲得できないリッチさってさ、依然としてあるわけなんだよ。
映画のセットって、見えないところまで作るべきかどうかっていう、非常に古典的な議論がある。タンスの中に見えない着物を入れておく必要があるかっていうと、別に僕はそうは思わないけどね。ただ、もしかしたらね。反対側の壁(カメラを置く側の壁を外した室内セットの意)は、あったほうがいいかもしれない。天井(ライト設置のため吹き抜けになった天井の意)も、やはりあったほうがいいかもしれないとかね。

――― 壁を見せることで演技する人が場を意識して、臨場感っぽいものが生まれるってことですか?

押井 それはさ、結局演じる役者のモチベーションだって、無視できない要素だってことなんだよね。アニメーションにおける(美術)設定だって、実を言えば全カットあったほうがいい。でもそれはできないから、逆に言えばあるものから残りは想像して(レイアウトを)描きあげるしかないわけだ。
それで話を戻すとさ、そういうことが可能なアニメーターが、どんどん減ってるってこと。

――― 用意されていない部分を、想像力で補ってクリエイティブにデザインしていくという意味ですよね。

押井 当たり前だけどさ、アニメーターって基本的には演出力を持ってないとできないんだよ。優れた役者がそうであるようにね。そういうある種の高度な演出能力を兼ね備えた、しかも画力のある、デッサン力のあるアニメーターが減ってきている。そういう演出力で作り出された空間が、映画的な迫力になるとかね。さらに言えば、演出から要求された動きに関して、さまざまな引き出しを持って対応できるとかね。あるいは、非常に観察力に優れていたりとかね。欲を言えば、キリがない。
こうした条件をいろんな形で充たせる人間たちが中核をなしていた時期は、作画にもいろんな選択肢があったんだと思う。ところが、今はどんどん減っているわけだ。おそらくその原因のひとつは、半分くらいは監督になったからだと思う。

――― 半分は多い気がしますが、その傾向は確実にあるかもしれませんね。

押井 それは彼らの人生だし、アニメーターとしていつまで体力が続くかって事情もあるかもしれない。だから、そのことに関して僕はとやかく言える立場にはない。別にアニメーターあがりの監督を否定するつもりもない。「やってみれば?」って言うだけでさ。
だけど要するに……全体としての画力、作画力の低下は、もう避けられないってこと。であれば、「それを何で補完するのか」もしくは「それに代わるものはあるのか」っていうね。僕は一介の演出家にしか過ぎないし、技術者としてそれを考え続けなきゃならない。僕は自分で絵が描けるわけじゃないし、背景一枚描けるわけじゃないから。そういう立場でも映画を作り続けなきゃならないし、自分でも作り続けたいって思っているわけだ。そうすると選択肢っていうのはね……自然と見えてこざるを得ないわけですよ。
ひとつには小島秀夫くん(『メタルギアソリッド』シリーズのゲームクリエイター)が延々とやってきたような「3Dキャラを使う」ことも、射程に入れなきゃいけない。その予感は、ずっと前からしているわけでね。ただ彼がやってきたような「すべてをCGIで生み出していく」って方法論はね……それと同じことをやって彼に拮抗し得るとは、僕は思わない。(『メタルギアソリッド4』のプレスでは)そういう意味で「秘術」と言っている。僕には僕の「秘術」がきっとあるんだろうっていうことですね。

――― そこで押井さんとしては、アニメーションの経験、実写も含めての蓄積があるからこそ、独自の秘術も編み出せるという自信があるわけですか?

押井 僕は今まで積み上げたスキルをね、ゼロにしてやり直す気は毛頭ないよ。そんなことが可能だとも思わないしさ。今までのスキルをどこでどう活かすかってことであって。僕はそういう意味では、異業種のスキルを積みあげることで演出家としての自分の幅を拡げてきた人間だから。アニメーションのプロフェッショナルとかオーソリティっていうだけなら、僕以上の適任者は多分いくらでもいるよ。

――― それは確かに宮崎駿監督を筆頭に……。

押井 もちろん宮さんも含めての話だけどさ。僕は自分では絵は描かずにあくまでも「他人に仕事をやってもらう」立場だから、ビジョンとか方針とか、コンセプトと呼ばれているものは僕が提供するっていうだけですよね。
(3Dキャラの導入も)背に腹は代えられないと言われれば、それまでだけどさ(笑)。でもね。もし本当に「やむにやまれず」とかそういう感じでやるんだとしたら、絶対にうまくいくとは思えない。自分なりの提案とか答えとか方法論っていうのを、もし出せるんであればやってみる……。だからこれは検討に値することだと思ってるよ。

『攻殻2.0』における3Dキャラへの挑戦

――― 今のお話をふまえて、『攻殻2.0』ですでに3Dキャラのインサートみたいな処理をされたわけですが、あれは試行の始まりと思っていいんですか?

押井 そういう面も確かにあるね。とりあえず僕は(3Dキャラを)真剣にやったことがなかったわけだから。

――― 多分、誰もあそこまで丸ごとさし変わると予想していなかったわけでしょうし。

押井 (笑)。あれはまず「違和感あるじゃん」って話になるよね。やっぱりスタッフにも言われたよ。飛び降りる素子を3Dにしておいて、それをモニターしてるバトーとトグサはセルのままなんだよ。「なんであそこは変えないの、あそこまで変えなければシーンの整合性が取れないじゃない」って……。
でも、そういう意見をあえて全部無視した。そんなに重要なことだとは思わなかったしね。それよりももっと他にやることがたくさんあって、こんなに短いスケジュールの中で何だかんだで100カットくらいは新作したわけだからね。「よくぞやってくれた」って感謝してる。
もちろん、ある種の(モニターなどの)表示系はね、どうすればいいかは分かってた。それは手の内にあるわけだよね。そういう意味で言えば、課題は3Dキャラクターアニメーションってことだよね。ズバリ言っちゃえば。

――― それを挑戦含めてやってみたってことですか?

押井 うーん……。とりあえず「やってみた」とは言えるね。

――― 3Dキャラは、大きくは素子が飛び降りるシーンと水中シーン、ラストシーン、それからオープニングの字幕部分の差し替えですよね。どのシーンにするか、取捨選択はあったんですか。

押井 うん。もちろん。

――― 共通項は何かあったんですか?

押井 多分……これをやっておくとお得じゃないかとか、こういうシチュエーションだと有利じゃないかとか。あるいは逆に「さすがにこれは厳しいんじゃなかろうか」とか。そういう判断に基づいて、いくつかピックアップしてみた。

――― 『イノセンス』と対に観られるようにという目的はありましたか?

押井 それはあまりない。やる以上はどうせ全体をいじるわけだから、カラコレ(カラーコレクション)するのが、一番イメージを一新しやすいってことだよね。あまりにも見事にやりおおせたので、もしかしたら色をいじったことに気づかないんじゃないかなって。見比べるとね、だんぜん違う色になっているけど。

――― いや、気づきますよ。前はグリーンとかブルーとか寒色系だったのが、アンバーのように暖色系中心になってますからね。

押井 でも、要するに観ている間はね、おそらく誰も気にならないだろうな、きっと……って思いますね。そういうことも十分可能なんだって、ずいぶん前から思ってはいたけれど、ただ色を自在にいじくった場合に、どこまで何ができるのかってのは、試してみたかったことではあるけれど。それよりはむしろ未来のある話っていう点では、やっぱり3Dに尽きると思うよね。

――― では、3D素子も先につなげるためと理解して良いのでしょうか?

押井 いっぺんにはね、何ごとも成し遂げられないから。何ができるかって話なんだよね。ただ何となく、そちら(3D)には確実に風が吹いている。今までずいぶん逆らって舵をとってきたけどね、そろそろこの風には逆らいきれないかもしれないって……。そういうことなんだよね。

押井 守(おしい・まもる)

1951年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。77年、竜の子プロダクション入社。80年、スタジオぴえろ(現・ぴえろ)へ移籍し、TV『うる星やつら』(81-84)でチーフ・ディレクターに抜擢される。『うる星やつら オンリー・ユー』(83)が劇場デビュー作。翌年『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)を発表後、フリーとなる。以後、『紅い眼鏡』(87)をはじめする実写映画ほか、漫画原作、小説、エッセイ、ゲームとジャンルを問わず活動の場を広げる。主な作品に『機動警察パトレイバー劇場版』(89)、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(93)、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95)、『アヴァロン』(01)、『イノセンス』(04)、『立喰師列伝』(06)などがある。各話演出で参加したTVドラマ『ケータイ捜査官7』(TX系)第20話・第21話が近日放送予定。

※1 メタルギアソリッド4

PLAYSTATION 3専用ソフト『メタルギアソリッド4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』(コナミ)。敵と戦うことなく、隠れながらミッションを遂行するという高いゲーム性で世界中のゲームファンを魅了し、シリーズ累計2,200万本を記録した超人気作の完結編。2008年6月12日、全世界同時発売。
■公式サイト

※2 プレスシートに寄せられた発言

押井監督が『MGS4』完成を祝して寄稿したコメントは、大きな転換期を迎えた日本のアニメ業界の危機的状況と、3Dを導入する必然について語った衝撃の内容だった。全文はこちら

『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』

©2008森 博嗣/「スカイ・クロラ」製作委員会

原作:森博嗣 監督:押井守
脚本:伊藤ちひろ 音楽:川井憲次
声の出演:菊地凛子、加瀬亮、谷原章介、栗山千明ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2008.08.02公開
■公式サイト

『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』

©1995・2008士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

原作:士郎正宗 監督:押井守
脚本:伊藤和典 音楽:川井憲次
声の出演:田中敦子、大塚明夫、山寺宏一、榊原良子ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2008.07.12公開
■公式サイト
(『スカイ・クロラ』公式サイト内)

【DVD】押井 守 INTRODUCTION-BOX [期間限定生産]

BCBA-3308/\12,600(税込)/バンダイビジュアル
2008.06.25発売
■押井守監督特設サイト