第4回 模型のリアリズム

【 解説 】

まず、20世紀FOXの撮影所を訪ねた時期が、「昭和51年夏」と記載されているが、これは「昭和49年夏」の誤りである。ニクソン大統領辞職の話から、1974年8月であると特定でき、また、『大地震』(1974年11月全米公開)が撮影中であったことと、同行した長女の年齢からも時期を確認できる。渡米の主目的は、"汚染なき進歩"をテーマに掲げたワシントン州スポーケン国際環境博(1974年5月〜11月)の視察のためだった。成田は、沖縄海洋博(1975〜76)でWOSくじら館のプランニング&デザインを担当しており、独自に事前調査をする意図があったようだ。その際、足を延ばしてハリウッドへ。本稿で伏せられている紹介者とは、“ハリー三村”こと三村明(1901〜85)だった。三村は、1930年代にハリウッドで撮影助手として活躍し、帰国後、東宝を皮切りに邦画各社でトップカメラマンとして活躍。『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)の本編、黒澤明のデビュー作『姿三四郎』(1943)を手掛けたのも三村である。さて、その黒澤が当初、日本版監督として起用されていた20世紀FOX製作の超大作が、『トラ・トラ・トラ!』(1970)。日米双方の視点から真珠湾攻撃をリアルに描くことを目的とした本作は、東映京都で撮影されることになっていた。特撮パートを成田が引き受ける可能性があったようで、黒澤作品に関われることに彼は期待に胸を踊らせたが、諸々のトラブルから黒澤は撮影開始直後に降板。特撮はハリウッドで撮影されることになってしまう。そんな曰く付きの作品だったが、戦闘場面のリアリティは傑出していた。戦艦長門や空母赤城は、ほぼ実物大のセットやオープンが造られ、ゼロ戦などの戦闘機は米軍練習機を改造し、実際に編隊飛行させて撮っている。しかしすべてが実写頼りではなく、編集の妙によってミニチュア撮影をインサートし、効果を上げていた。成田はその秘密を探るべく、痕跡を目撃し、自分たちの特撮の可能性を再確認したのだ。

(清水 節)

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