成田亨と特撮美術

撮影/沢海 厚

プロローグ
それは円谷特撮の否定から始まった

まるで最終兵器を手にした人類のように、CGという万能の利器を得た特撮映像は、その効果をいかに抑制すべきかという問題を抱え込んで閉塞しきっているように思える。それはアナログ時代に、ミニチュアやぬいぐるみの質感、合成ラインといった技術的限界を了承しながらも、エモーショナルな画に魅せられた世代の郷愁にすぎないのだろうか。いや、画面の隅々まで精緻に描き込まれたデジタル画像は驚異的だが、やはり何かが抜け落ちている。その答えを考えるとき、成田亨が何気なく呟いた言葉を思い起こす。――「フィルムには、撮影現場にいるスタッフの念力みたいなものまで写るんだよ」。今にして思えば拙くとも、撮影の一回性に懸けた緊張感と創意工夫が“行間”となって、観る者に空想の翼を広げさせる映像が、確かに存在した。そして成田の特撮映像には、伝統的な日本の特撮を突き抜けようとするパッションがあった。今一度、稀有な才能を有したクリエイターの創作理念と技術論に耳を傾けようではないか。成田はこうも言っている。――「あらゆるものは、行き詰まり衰えてしまったとき、やはり古典に還るしかないんです」。先人の足跡を見つめ直すことは、きっと未来を逆照射することにもつながるに違いない。

ウルトラシリーズのデザイン原画が各地の美術館で展示されるようになってから、成田亨をヒーローや怪獣の生みの親として認知する者は増えたようだ。利益を優先し成田の功績を認めたがらない心なきシリーズ関係者から、その存在を抹殺されていたという許し難い過去からすれば雲泥の差ではあるが、彼はまだ、十分に正当な評価を受けているとはいえない。『Q』『マン』『セブン』の初期3作に成田のデザイン性がなければ、シリーズは40年以上もの永きにわたり存続できなかったであろう。しかし、まずもって押さえておくべきは、彼が映像の本質を知り抜く特撮美術監督であったことだ。キャラクター・デザインをも手掛けたのは、画面に映るものに責任ある立場として自らの美的感覚に基づく造形物で映像を満たしたかったからに他ならない。元来成田は、画業にも秀でた彫刻家であった。そうした事実も踏まえた上で、彼が切り拓いた独自の世界を見極めてほしい。

キーワードは、「アンチ円谷特撮」。成田はSF・怪獣映画やヒーロー番組を、特撮を見せるために存在する映像作品と捉えていた。それに対し、リアリティを追究して本編の中に融和させる特撮を上位概念に置いている。東宝=円谷組での助手体験を皮切りに、邦画各社を渡り歩き、30歳にして東映で特撮美術監督に昇格した成田は、当時の絶対的権威であった円谷英二の仕事を否定することから始めた。日本特撮界においてメインストリームであった円谷特撮とは、精巧に仕上げたミニチュアを“神の視点”で見下ろし、観客に提示するショウという側面が強かった。『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)の時点では戦場の迫真性を追究していた特殊技術が、現実には存在しえない巨大生物の恐怖に挑んだ『ゴジラ』(1954)の興行的成功を経て、特撮そのものを堪能させる傾向が定着していたからだ。60年代に入って邦画が没落していく中、低予算を強いられた成田は最大限の効果を得るため知恵をめぐらせ、円谷特撮とは一線を画したさまざま技法を編み出していく。テーマは、「リアリティ」。いかにしてミニチュアを実写に融合させるかという課題を突き詰め、遠近法を応用した新たな撮影技法を考案し、場合によってはミニチュアを放棄して風景や建物の写真を引き延ばしたパネルを背景に置いた。そこには、スクリーンという平面上における見え方を知る画家としての能力や、立体とは何かを熟知した彫刻家としての感性が顕れている。円谷プロから招聘された際も、成田の作家性は貫かれた。例えば、ウルトラ怪獣を創造する上で自らに課した「既存の動物の巨大化は避ける」という掟もまた、恐竜や蛾を巨大化させただけの東宝怪獣に対する大いなるアンチテーゼだったのだ。

成田の文章が、20年以上の時を経てここに再掲載されることは意義深い。これらは、80年代半ばにバンダイより発行されていた「模型情報」(85年2月号〜86年4月号)と「B-CLUB」(86年5月号〜同年11月号)誌上で、22回にわたって連載された成田自身の手による原稿である。その一部は、後にフィルムアート社発行の書籍「特撮美術」(96年8月刊)に転用されたが、技術論中心の同書に比べ、本連載にはエッセイ的なニュアンスも含まれており、成田の人物像や美的理念をうかがい知る上でも資料性が高い。なお、読み物としての流れを考慮し、再掲載にあたって当時の掲載順序を組み替えている。但し本文は、明らかな誤字脱字を除き原則として原文のままだ。特撮に限らず、あらゆる分野のクリエイターやその予備軍が、何らかのインスパイアを得られることを願ってやまない。

(2008/02/26)
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