天神英貴 イラストレーター・デザイナー線の快楽──シド・ミードはご存知ですか? 天神 もちろんです。画集も持ってますし、すごく好きですよ。ご本人を詳しくは知ってるわけではありませんが。 ──どのあたりに魅力を感じるのですか? 天神 僕はイラストレーターなので、デザインの技法やアプローチについてというより、彼の絵の良さに惹かれますね。「線の快楽」を知っている人だと思います。 ──線の気持ちよさということですか。 天神 そう。一本一本の線に快楽がある。見る気持ちよさと描く気持ちよさの両方が。それはもともと同じものだと思うんです。鑑賞者に伝わる気持ちよさっていうのは、作者も感じながら描いてるものだと考えてますから、僕は。ミード氏は、線を描くことを楽しんでいると思います。とにかく線に迷いが無い。 あとミード氏の絵では放射状であったり円であったりといろんなモチーフが用いられていますが、あそこまできれいにまとめるのはかなり難しいことですよ。すごく官能的で見る者をうっとりさせるんだけど、その裏にはすごく高度な技術力がある。 ──同じイラストレーターとして見ても、やはりミード氏の技術は高いですか。 天神 非常に高いですね。それは間違いない。 なによりも、デザイナーなのにあれだけ絵が上手いのはズルい(笑)。デザインのラフスケッチとか見ると、すでにその段階でかっこいいんですよ。意図的にやってるのかどうかわからないけど、ラフ画の時点でかっこいいんですよ、この人は。本当に線の快楽を知ってる人です。ラフを見てもよくわかる。 ──シド・ミードのイラストにはどういった特徴があるのでしょう。 天神 光の表現に関しては、この人は天才的ですね。今でこそデジタルで手軽にいろんな光の表現ができますが、彼はそれ以前のアナログしかなかった時代からすでにそれを完璧にこなしてる。 絵というものはかなり光でごまかされちゃう部分がありまして。たとえば『ブレードランナー』って要は暗い中に光が点々と置いてあるんですけど、その点の置き方が絶妙に上手い。 ──物の輪郭とかも光を置くことで表現されてますね。 天神 光、つまりホワイトの入れ方がすごい。こうした表現ができてるかできてないかというのは、そのイラストがSF足りえるかどうかが分かれるぐらい重要な要素だと思います。 土壌、才能、基礎──ミード氏は、70〜80年代当時はまだキワモノ扱いされていたSFの世界で、すごいテクニックを駆使してきっちりとしたイラストを仕上げてみせる人として登場しました。考証や設定もいい加減な絵がまだまだ多かった時代に、真面目にいい仕事をするSFのプロとして非常に注目されましたね。当時のイラストレーターは、志は高くても技術がついていかないという人の方が多かった時代です。その中では彼の技術は飛びぬけていたんですね。光の表現もすごいですが、非常にダイナミックなパースをとった作品でも、破綻せずにきちんとまとめられている上手さ。あとデザイナーとして、形を造る能力、シェイプの能力も高い評価を得ています。 天神 シェイプを描くっていうのは、まあ落書き帳ですらやってできないことではないんですけど、それをちゃんと色までつけて魅せることができる画力っていうのがすごいんですよ。日本のアニメーターには芸大出の人はほとんどいないと思います。でもディズニーの『ピノキオ』とか、あのアニメは実は、美大生を集めて描かせてるんですよ。だからあれだけのクオリティが出せてる。でも今の日本のアニメ業界はそういう体制になってないんです。給料や待遇も低いし、芸大で日本画を専攻してる人が卒業してアニメーターになるかと言われれば、なかなかならないと思います。まあ最近はそうでもないかもしれないけれど、昔は本当にアニメって、絵に関する仕事としては本流たりえなかった。そういったところに本物の技術を持った人がポンと入ってくると、カルチャーショックですよね。SFアートの世界においての彼がそうだったと思います。 ──彼はアートセンタースクールを優秀な成績で卒業した、まさに絵に関しては正統派のエリートといった感じの人ですね。学校で基礎をしっかり習得して、いわゆる普通の一般商品のプロダクトデザインから何からこなしながら、こういったSFアートも手がけている。 天神 何でもひきうけて、何でもできちゃう(笑)。まあ、才能が有り余ってたんでしょうね。あと、以前に別の映像で彼の作業風景を見たことがあるんですが、作業のスピードがとにかく速い。上手い人っていうのはたいてい描くのが速いですね。アイディアが固まるまでは時間がかかることもあるけど、頭の中でイメージが完成すればすぐに描けちゃう。その映像でシド・ミード氏自身が語ってましたけど、アートセンタースクール時代には毎日課題が出される。課題が出たその日のうちにアイディアを思いつかないと、一週間後の締め切りには間に合わない。それはつまり、スピードのトレーニングなわけですよ。非常に現実的で実用的なテクニックのトレーニングをしてるんですね。その学校は、アートが仕事になり得るということを前提にしてそうした実践技術を教えてるわけですよ。でも日本ってそうじゃないですよね。絵なんかでは食っていけないって言われて育つじゃないですか。僕だってそう思ってた。そうした圧倒的な土壌の違いというものは感じますね。 アメリカでは、アート=芸術っていうのは職業のひとつとしてきちんと認知されているし、こうした絵(SFアート)を描くという仕事もきちんと存在している。アメリカはそうなんだ、それが普通なんだということを、日本では最近ようやく認識しはじめたぐらいですよ。 むこうでは西洋画の技法っていうのをみんなしっかり持った上で映画とか制作してるわけです。だから、実は今はこのレベルの絵を描ける人が何千人といる。そういった全体の状況がわからなかった中で、実はシド・ミードという人の実像は少し歪んで伝わってきてるのかもしれないとは思いますけどね、日本には。この人だけがめちゃくちゃ絵が上手くてデザインが上手いんだ、という風にね。 確かに天才的に上手い人なんだけど、重要なのはこの人の後に続く人たちがいっぱいいて、彼だけがこうしたSFアートの仕事をやってるわけじゃない、ということですよ。でも、日本では彼が一番有名です。世界中に何千人といいるSFイラストレーターの中でね。もちろん、百年にひとりの逸材だと思うけど、なぜ日本では彼だけがクローズアップされるのか。彼の作品がここまで残るのか。僕たちはのような業界の人間は、それを真剣に考えるべきでしょう。 映画におけるシド・ミード──どのあたりの絵がお好きなんですか? 天神 僕の場合、最初の出会いがガンダム(『機動戦士ガンダム』)だったんですよ。スペースコロニーの中でザクが発砲してるのを、少年が見上げてる絵。これで初めてシド・ミードという人を認識したのかな。雑誌か何かで見たと思うんですけど。「なんだかわからないけど、この絵は他の人の絵と違うなぁ」と、ずっと見てました。この少年が乗ってるバイクだかなんだかわからないものに未来を感じたというか。よく見ると背景のコロニー内壁なんかは、劇中のものとは形状も違ったりしてますね。屋根が開いてたりして。ガンダムに出てくる筒状のタイプじゃなくて、昔のドーナツ型のスペースコロニーのイメージで描いているのかもしれない。 ──年配の方だと、映画『ブレードランナー』のイメージボードやSF雑誌『スターログ』の表紙から入った人が多いでしょうね。 天神 そうですね、やっぱり『ブレードランナー』ですよね、一般的には。僕らの年代だと、先にガンダムを見てから、ビデオなりで『ブレードランナー』を見るという順番がほとんどだったと思いますよ。ぼくの場合、兄が『ブレードランナー』のファンだったんで、パンフレットとかを見たりするうちに「へえ、同じ人なのか」と。 あの映画で、彼は世界観設計としてかなりレベルの高いイメージボードを描いてます。しかもそれだけじゃなくて各種の小物に至るまで大量に設定画を起こしてデザインしてるんですよね。自転車や家具、電話、マンションの部屋の鍵とかまでデザインしてるんですよね。あの時代にここまで完成度の高いデザインワークを、しかもあらゆる小物に対して行なえる人なんて、そうそう居なかったんじゃないでしょうか。当時としてはやり過ぎ感がある作業量ですけど、だからこそあの濃密な画面が成立したんでしょうね。 あと凄いなと思うのは、映画でも『トロン』、『ブレードランナー』、『ショートサーキット』、『2010年』『エイリアン2』と全部デザインラインが違う。それぞれの映画で求められるデザインを、オーダーに合わせて描き分けられるのは、本当に実力のある人じゃないと難しいですよ。 ──ミード氏は、単なるメカデザイナーというより、むしろコンセプトデザイナーですよね。彼は絵を描くときに「この部分の素材は金属なのかプラスチックなのか、そういったことも考えながら描く」と言っています。 天神 コンセプトデザインの段階でそこまで考える人というのは、確かに珍しいと思いますね。まあ実際に画面に出る段階ではそれは考えなきゃいけないことなんですけど、その前の段階で常にそれを織り込んでデザインするというのも、工業デザイナーでもあるシド・ミードならではというところですかね。フィクションの世界のモノに対してまでも素材とか強度とか居住性とかまで考えてしまう。そういう意味ではいろんな顔を持つ人なんですね。イラストを描くアーティストとしての顔もあるし、フィクション作品のメカニカルデザイナーという顔もあるし、一般的な工業製品のデザイナーとしての顔もあるし、建築物(ストラクチャー)のデザインもする。本来はそれぞれのジャンルだけでひとつの職業として成立するものを、ミード氏ひとりの中で違和感無く束ねている。 逆にアメリカの中では珍しいタイプの人かもしれませんね。専門職ではなくなってるというか。世界観の構築から何からやってしまえる総合性を持ちつつ、それでいて絵も卑怯なぐらいに上手い(笑)。そんな人は他に居ないし、そうした人を表す言葉も無い。だからビジュアルフューチャリストっていう、まったく新しい造語が必要だったんでしょう。彼のような人を表す言葉としてね。 ──そうですね。車にしても街にしてもロボットにしても、あるいは宇宙船にしても、彼が描くものはそれらのものの未来の姿ですね。常に未来を描いてる。そのあたりが、SF好きな人間にとってはたまらないところなんでしょうかね。 天神 しかも、それまで誰も見たことが無いような映像とか絵が出来てくるっていうのがね、それが素敵ですよね。
![]() Profile
天神英貴有限会社スタジオ天神 代表取締役、宇宙作家クラブ会員 主な活動 現在は『超時空要塞マクロス』シリーズ最新作の作業に追われている。 オフィシャルwebサイト 天神氏の画集『VALKYRIES』 ![]() © Syd Mead Inc. All Rights Reserved
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