藤津亮太のAnime喜怒哀楽

第15回 涙の意味は……

オルガとタチコマの共通点 イラスト/KEI-CO

人と人にあらざるものとの境界線はどこにあるのだろうか。
たとえば、チューリングテストというものがある。これはコンピューターがどれだけ人間に近いかを、判定するために考えだされた方法だ。
コンピューターと人間に、それぞれ同じ質問をする。得られた回答を、それぞれがどちらの回答であるかを隠して、第三者に示す。どちらがコンピューターの(あるいは人間の)回答であるか、第三者が区別を付けることができなければ、そのコンピューターはより人間に近い、ということになる。
このテストを裏返してみると、人間には、人間らしい回答と、そうではない不自然な回答を見分ける力がある、ということになる。人間は知らず知らずのうちに、人間とコンピューターの間にある一線を感知しているわけだ。
たとえばロボットを題材とした瀬名秀明の小説『デカルトの密室』(新潮社)は、このチューリングテストを物語の導入に使っている。同書の中で瀬名は、ロボットと人間の違いを考察し、それを通じて「人間性とはなにか」という問いに迫っていく。
では――翻ってアニメで、ロボットと人間の差異はどのように表現しているだろうか。
『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』(80年)に育児ロボット、オルガが登場する。オルガは、宇宙ハンターになるべく育てられた試験官ベビィ、ゴドーを育てることが任務だ。順調に成長したゴドーは青年となり、宇宙ハンターとしての任務を命じられるが、その直後、元老院長老の娘レナと身分違いの恋に落ちる。
物思いにふけるゴドー。オルガが「オルガ、わかります。あの女のことですね」と声をかけると、「うるさい、ロボットの知ったことじゃない」と冷たく言い放つ。
一人、キッチンにたたずむオルガ。やがて髪の毛から放電が始まる。手のコップが割れて、水が蒸発する。嫉妬である。そして放電を終えたオルガの目には、水滴が溜まっている。まるで涙を流していかのようだ。
そう、アニメにおいて、人間とロボットを分ける一線はしばしば「涙」によって表現されるのである。
最近の作品では、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』(02年)のタチコマの涙を覚えている人も多いだろう。もともとは個性を持たないはずのタチコマだったが、シリーズが進むにつれて次第に個性=人間性を獲得し、最後は仲間であるバトーを守るために自らを犠牲にする。その最期の時、タチコマの目(カメラ)から、オイルが涙滴状に流れ落ちるのだ。


涙と笑顔の関係

それにしてもどうして「涙」なのだろうか。たとえば、それは笑顔ではいけないのか。
涙というのは内側から、物理的にこみ上げてくるもの、というところがポイントなのだ。涙が生まれてくるということは、涙を生むだけの内面=心をその存在が備えていることの証明となっているのだ。
一方、笑顔にまつわるエピソードを思い返して見ると、実はロボットとはあまり縁がない。むしろ「人間味の薄い(冷たい)人物」を表現する場合に「笑わない」という部分を強調しているケースが多いことに気付かされる。「笑わない人間」が微笑んだ瞬間、視聴者はそこに人間らしい温かさを感じることになる。
「ロボット+涙」と「人間−笑顔」。
この二つの公式は、人がなにに人間性を感じるか、を考えた時に非常に興味深い内容を示唆してはいる。この二つの公式の間に、人とロボットなどの人にあらざるものとの境界線があるのは間違いない。
それにしても「ロボット+涙」と「人間−笑顔」の構図を見ていると、あるキャラクターが浮かんではこないだろうか。彼女はロボットでこそなかったが、やはり「人間に似たもの」として産み出された人にあらざる存在である。
彼女の名は、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ。
彼女は、主人公シンジの母である碇ユイのコピーとして産み出された。魂を持たない無数の体が既に用意されており、仮に死ぬことがあっても、魂を移し替えることで彼女は再び蘇る。
無表情で無口。周囲にその内面をうかがわせることのないレイが大きな変化を見せる場面が二つある。一つは第六話「決戦、第3新東京市」でシンジに「笑えばいいと思うよ」と促されて見せた、ささやかな笑顔。そしてもう一つが、第弐拾参話「涙」で見せる涙。シンジを守るために自爆を決意したレイは、その最期の瞬間に落涙するのだ。「これが涙? 泣いてるのは私?」 と呟くレイ。
「人間−笑顔」の方向でまず人間性を垣間見せ、その後「ロボット+涙」という別方向から、その人間性の深い部分を描き出す。レイはこのように、二つのアプローチを併用してその人間性を浮かび上がらせた、非常に珍しいキャラクターといえる。
「ロボット+涙」「人間−笑顔」の公式は、キャラクターに人間味をいかに感じさせるか、という課題に応えるために編み出された手法である。思えば、アニメーションとは、止まっている絵に命を吹き込む=人間味を与えるという意味の言葉から生まれた単語だ。二つの公式は、広い意味でアニメーションの本質に触れているのである。


(2008/02/21)


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