小さな小さな、ひとかけらのコケみたいなものだった。鼻に、コケが生えたんだ。この世界で目覚めてから、草も樹も見かけたことがなかったから、僕はちょっとびっくりした。久しぶりに見た緑色だった。
次に目が覚めた時、小さな、透明の羽根の生えた虫が、僕の鼻先にとまって、コケをかじっていた。虫だって? 虫が、まだ生き残っていたんだ。世界中、鉄と泥と岩ばっかりになってしまったんだと思っていたけれど、生き物も、ちょっとは残っているんだな。
よくぞ、僕の鼻先に生えたコケを見つけたもんだ。お腹一杯食べろよ。なんだったら、僕の鼻を食べたらいいよ。
でも、その虫は、長い時間かけてコケを綺麗に食べてしまったあと、どこかへ飛び去ってしまった。僕の鼻は硬すぎたのかもしれない。
それからしばらくは、何度目覚めても、もう何も僕に近づくものはなかった。
ある日、僕はふと、口を開いて、独り言を言った。
「ふん。何が幸運だよ」
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