TV DVD-BOXプロジェクト発進! 監修:西崎義展 発売:バンダイビジュアル 2008年2月22日発売予定

INTERVIEWS

#02 麻上洋子

part 3

講談を始めて、
少し引いたところから、全体を見られるようになりました。

──そろそろ『ヤマト』以外の話もうかがいたいんですが、早野寿郎(※27)さんのところで俳優修行をされたのは、『ヤマト』のあとですよね?

麻上 『ヤマト』のころ、納谷悟朗さんや亡くなった木村幌(※28)さんに、「お前も芝居やれ」って言われて。わたしも芝居できなきゃ先輩たちに失礼だと思って。で、早野先生が新人を育てる天才だと聞いたので、ご本人にお会いできたとき、お願いしたんです。それで行ったのが、劇団俳小(※29)。

──舞台をやって、大きく変わったことはありましたか?

麻上 芝居って、一朝一夕に身につくものではなくて、一生かけてやっていくものなんですね。だからすぐに結果が出るものではなくて、いつ、どう変わったかは、自分ではよくわからないんですよ。

──ベテランの方にお話をうかがうと、やはり声の仕事も俳優の仕事の一環だから、ちゃんと舞台でのお芝居ができないと駄目だと、舞台を知らない若い人たちへ苦言を呈される方が多いんです。

麻上 そうですね。

──新劇出身のベテランの方にお話をうかがう機会が多かったので、どうしてもそういう論調が多くなってしまってたんですが、僕自身は若い方の反論も聞きたいんです。「最初から声優めざしてどこが悪い」みたいな。麻上さんは両方の世代の、ちょうど分岐点の方だから、若い人の気持ちもわかるんじゃないかと思うんですが、最近は若手の女性声優さんがアイドル化して、グラビアが出たり、コンサートがあったりしますよね。そういう傾向は、どうお思いですか?

麻上 わたしも最初は全く芝居知らなかったから、そういう意味では同じですよね。わたしの場合、周りの素晴らしい先輩方が、舞台をやるように教えてくださった。だからわたしも今、若い子には、やっぱり同じことを教えてますよ。舞台やんなさいって。するとね、わかる子はやり始めるんですよ。上手い子は最初から上手くて、ちょっと勉強するとどんどん上手くなる。アイドル的な売れ方してる人の中にも、そういう努力家はいますよ。でも、いくら言ってもやらない子はやらないのね。

──要は本人の問題だと。

麻上 そう。芝居できなくて、アニメ声しか出ない、そういう子でもやっていける場があるなら、それはそれでいいと思いますよ。作品だって、全てが『ヤマト』や『ガンダム』(※30)や『エヴァンゲリオン』(※31)じゃないでしょ? 限りなくゲームに近いようなアニメもあって。今は声優もアニメも、これだけ底辺が広がっているんだもの。その中で一瞬だけ声優やってすぐ消えてく人がいても、当人がそれでいいなら、いいと思う。でも本気でやりたい人は、それ乗り越えてやってくしかないんですよ。

──芝居は一生やっていくものでしょうし。

麻上 うん、一生ですよ。だって、役だって一生分あるでしょ。赤ん坊から老人まで。声優の面白いのは、それをずっとやれることですよ。メーキャップしなくてもいいし(笑)。

──92年には、講談師の一龍斎貞水(※32)師匠に弟子入りされてますね。いまや真打ちで。

麻上 最初は声優のスキルアップのためでした。日本語を声で表現するって部分を、もっとスキルアップしたい。そう考えてたとき、「日本には伝統話芸ってものがあるでしょ」ってアドバイスしてくださった方がいて。それで師匠の講談を観にいったんです。そしたら、いや、ホントにすごい! まさに声の職人がいる。自分で自分と会話して、ナレーターまでやっちゃうっていうピン芸、一人芸ですね。師匠はひとりで会場の人をグーンと引き込んで、いろんなことを話芸ひとつ、身体ひとつでやってた。で、「これだっ!」って思ったんですよ。けど入門してから、「こりゃスキルアップどころではないわ」って(笑)。

──でも声優のお仕事へのフィードバックもありましたでしょう?

麻上 ホンの読み方が変わってきましたね。講談は、全部自分で演出しなきゃいけないじゃないですか? そのクセがつくと、台本見たときも、自然とそれ考えちゃうのね。気がつくと、自分の役以外の演出まで考えてて(笑)。役からだけでなく、少し引いたところから、全体を見られるようになりましたね。

──同門に貞友(※33)さんがいらっしゃいますね。

麻上 彼女とは、朗読を同じ先生に教わってたんですよ。で、わたしが講談始めるって言ったら、彼女もやりたいって。彼女はわたしより先に、講談ってものを知ってたんです。わたしは、もともとは講談ってよく知らなかった。「講談と講釈と同じですか?」っていうレベル(笑)。だから入門はわたしが先ですけど、知ってたという意味では、貞友さんの方が先輩です。そのとき、師匠がすごいと思ったのはね、「麻上洋子を捨てなくていいよ」って言ってくれたんですよ。ある先輩は、前に朗読をやってて、「朗読をやってたお前を捨てろ、ゼロから始めろ」って言われたそうですけど、わたしには、「これまで大事にやってきたんだろ? それを捨てちゃうのはもったいないだろ?」って。

──そういう劇的な出会いがなければ『講談・宇宙戦艦ヤマト』(※34)もなかったわけですね。

麻上 あれね、師匠は自分では、やめろってわたしに言わないの。自分より先輩の方の名を出して、「やめさせろって芦州(※35)先生に言われたぞ」とか、そういう言い方するの(笑)。一席としてやるつもりは、いまのところないんですよ。あれは講談でいうと、「修羅場調子」という「戦いのシーン」の語り調子なんです。「頃は元亀三年…」という調子の。その形に、数分をちょっと当てはめただけですから。

──確かに『ヤマト』は軍記ものですよね(笑)。

麻上 うん、軍記もの。だってわたしの中での「戦い」っていえば、『ヤマト』なんだもの。実際の戦争体験ないし。だから体験した「戦い」を、軍記ものにしてもいいんじゃないって思ったんです。で、「やってみてもよろしいでしょうか?」と師匠に伺ったら、「できるならいいよ(笑)」と。でもあれ、ちょっとやるだけで若いお客さん、湧きますよ。温故知新って感じ。講談のいいところはね、そこなんですよ。現代の言葉で話が作ることができて。そもそも実際の昔の戦いだって、見た人なんて誰もいないじゃないですか。その意味では、SFの戦いも戦国時代の戦いも、同じなんですよ。

──よくできた講談はSFスペクタクルみたいなところもありますからね。最後に、これから『ヤマト』をご覧になる若い人たちに、こういったところを観て欲しいなど、ありましたら。

麻上 もう本当に、命がけで作ってた人たちがいたことを、この作品の奥に感じてもらえれば嬉しいです。絵を描く人、演出する人、音楽を作る人、声を出す人、そういう作業のひとつひとつがまさに命がけでした。そういう一所懸命さっていうのが、人の心を打つんだってこと、感じてくださると嬉しいです。

──ありがとうございました。今後のご活躍も期待しています。

 

※27 早野寿郎
劇団俳小主宰。演出家。声優としても活躍し、フランスのコメディ俳優ルイ・ド・フュネスが持ち役。『奥様は魔女』のラリー役など、主人公の上司、といった役どころが多い。新人俳優のトレーナーとしても定評があり、大竹しのぶなど、NHKの朝の連続ドラマのヒロインの指導にあたった。故人。

※28 木村幌
声優、ナレーター。『ヤマト』シリーズではナレーターとして参加。『さらば宇宙戦艦ヤマト』では土方も。吹替えでは、エドモンド・オブライエンとウィリアム・ホールデンを多く担当した。81年、『宇宙戦艦ヤマト/新たなる旅立ち』完成直前に咽頭ガンのため死去。

※29 劇団俳小
前身は劇団俳優小劇場。1971年に解散されたが、中心メンバーだった早野寿郎氏が主宰者となり、74年に劇団俳小として再スタートを切った。西洋演劇から日本の古典、新作など、幅広いレパートリーを上演、文化庁芸術祭優秀賞など、数多くの演劇賞を受賞している。

※30 『機動戦士ガンダム』
1979年に放映された、日本サンライズ(現・サンライズ)制作のロボットアニメ。再放送から人気が出て映画化されるなど、『ヤマト』と似た軌跡を辿ったことから、よく比較される。『ヤマト』の時代を第一次アニメブーム、『ガンダム』の時代を第二次アニメブームとする区分けも、現在では定着している。

※31 『新世紀エヴァンゲリオン』
1995年に放映された、ガイナックス原作のロボットアニメ。やはり再放送からヒットし、映画化もされた。第二次アニメブームが沈静化して以来、約10年ぶりに社会現象を引き起こし、第三次アニメブームをもたらした。監督の庵野秀明は『ヤマト』世代で、熱烈なファンであることを公言している。

※32 一龍斎貞水
1939年生まれ。55年に一龍斎貞丈に入門、66年に真打昇進、六代目貞水を襲名。02年には人間国宝に認定されている。高座での活躍はもちろん、CD、ラジオ、テレビ、著作を通じて講談の普及につとめ、とくに特殊演出を駆使した「立体怪談」で、「怪談の貞水」とも称される。麻上さんは、貞水門下惣領弟子として、一龍斎春水(はるみ)と号している。

※33 一龍斎貞友
1958年生まれ。旧芸名は鈴木みえ(もしくは三枝)で、麻上さん同様、声優としても活躍している。アニメの代表作には、『北斗の拳』のバット、『忍たま乱太郎』のしんベエ、『ちびまる子ちゃん』のお母さんなどがある。麻上さんと同じ92年に貞水師匠に入門し、04年には半年遅れて真打に昇進した。

※34 『講談・宇宙戦艦ヤマト』
講談師・一龍斎春水としての麻上さんの持ちネタのひとつ。麻上さんみずから、『ヤマト』を講談に仕立てたもの。

※35 六代目小金井芦州
1926年生まれ。40年に四代目芦州に入門、五代目西尾麟慶として真打昇進、65年に六代目芦州を襲名。97年、無形文化財に認定。02年に病没。

イラスト:とり・みき

PROFILE
麻上洋子 (あさがみ・ようこ)
北海道小樽市生まれ。生後7か月で神奈川県藤沢市に転居。声優を志し、黒沢良が主宰する声優学校に入学。声優としての修行を積む。1974年『宇宙戦艦ヤマト』の森雪役を射止める。以降、『銀河鉄道999』のガラスのクレア、『銀河鉄道物語』のレイラ・ディスティニー・シュラ、有紀カンナの二役、『シティハンター』の野上冴子役、『伝説巨神イデオン』のハルル・アジバ役などで活躍。「アニメの声優を目指して声優になった第1号」と言われる。93年、講談師・一龍斎貞水に入門。「一龍斎春水(はるみ)」と名乗り、05年に真打ち昇進する。

 

INTERVIEWER
とり・みき
1958年熊本県生まれ。79年、少年チャンピオンでデビュー。『るんるんカンパニー』『クルクルくりん』などのポップでシュールなギャグ漫画や、『愛のさかあがり』などのレポート風エッセイ漫画、『山の音』などのシリアスSF系漫画、シュールな9コマ漫画集『遠くへいきたい』(河出書房新社)など多彩な作品を発表している。外画(洋画)の吹替にも造詣が深く、『とり・みきの映画吹替王』(洋泉社)などの著作がある。

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